第十五夜 -下船- @Ha Long Bay [Vietnam]
通常なら3~4時間で終わるはずのクルーズはまだ続いていた。
国立公園でもあるカットバ島でキャンプをする乗客を降ろすため、
船はさらに沖にある島に向かっている。
この寄り道のことはレギュラーの観光コースを消化した後、船内でガイドが説明していた。
通常のクルーズ・コースから大きく足を伸ばし、船はカットバ島に到着した。
キャンプ道具を抱えた十数名の若者を降ろすと、ハロン・ハーバーを目指し、折り返したが、
このカットバ島への道のりとその帰り道がこの上なく、すてきなクルージングにバケたのだ。
他の観光船もいない航路を自分たちの船だけが進んでいる。
台風の余韻など欠片も感じさせない空とそびえ立つ奇岩に
船のエンジン音だけがこだましていた。
日没が迫る時刻になって船はようやくスタート地点に舞い戻った。
バンに乗り込むと、それぞれがたっぷり太陽光を浴びた赤ら顔で、狭いシートに納まった。
みなが疲れもなく、陽気な表情をしているのが印象的だった。
本来、ハーフデイのツアーなら日が沈みかけたこの時刻にはハノイの街に到着しているはず。
結局、カットバ島への寄り道、というか遠回りは通常の倍の時間を費やしていた。
「すみません、船の都合でカピタル・ハノイへの帰りが遅くなってしまいました」
つたない英語でガイドが詫びをいう。
「いやあ、余分にクルージングが楽しめてよかった」
「そうそう、ツアーでいけない島まで足を伸ばせたしね」
日焼けした赤い顔たちは、長くなった船旅を口々におもしろがっていた。
「エキストラ・クルージングをたっぷり堪能しましたよね」
最年長のタイ人男性がそういうと狭いバンは拍手が満ち溢れた。
予定外の船旅を楽しんだご一行が乗り込んだ車内は明らかに行きとは空気が違っていた。
「カピタル・ハノイには21時ごろの到着です。これから3時間です」
「問題ないデース」
世界遺産を満喫した一行は返事も明るい。
苦情も覚悟していたガイドは少し肩の荷が下りたようだった。
「そうそう、ガイドさん、日が暮れておなかも減ってきたので、フルーツを買えませんか?
さっきあなたにもらって食べたフルーツがうまかったんだ。ハノイまで時間もかかるし」
港でバンの回送を待つ間、路肩で売られているパイナップルを買い、のんきにかじっていた。
値段も相場もわからないのか、それとも路肩で売られているものなど手を出さないのか、
わたしが食べているのをみんなが興味深そうに眺めていた。
「食べてみます?」とちぎって、彼らに振舞ったことを思い出した。
「パイナップルですよ、どこかで買えない?」
唐突な年長者の提案に戸惑っていたガイドに助け舟を出す。
合点が行ったのか、運転手に声をかけると、間髪入れずにバンを民家に横付けした。
玄関先が露店になっており、そこには果物が並んでいた。
「とりあえず10個」
年長者は迷わず、ガイドに注文を告げた。
カレとカレの奥さんを除くと、車内には6名しか乗っていない。
ガイドとドライバーを含めても1人1個の計算だ。
おまけにわたしはクルマに乗る前に1個平らげている。
とりあえず、という数字じゃないだろ、それ。
「買いすぎじゃないですか~?」
笑いをこらえながら、そういうと
「2個は自分で食べるんです、あとは車内で分けてください」
車内の気配を察したのか、年長者は振り返ってそう説明すると、車外にまで笑い声が響いた。
「楽しかったエキストラ・クルージングとみなさんの旅が無事であることを祈りつつ、食べましょう!
もちろん、ゴチソウしますから全部食べてしまってもいいですよ。あまったらホテルで食べまーす」
陽気なトーンが車内に響く。
「パイナップル・パーティです!パイナップルしかないけど」
よほどパイナップルを気に入ったご様子だ。
タイにもパイナップルはあると思うのだが、それは口にしないでおいた。
「ごちそうになります!」
長い帰路、一人の男性のちょっとした気遣いで車内は会話で満ち溢れた。
不思議なことに誰も居眠りすることもなく、ハノイまでお互いの話は続いた。
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