第十三夜 -王宮- @Hue [Vietnam]
翌朝、レストランに舞い戻り、朝食を摂る。
同じメニューを頼み、コーヒーを飲んでいると、ウェイトレスが笑いかけてきた。
「ほんとに来たんですね」
「また来ます、って言ったでしょう?」
「そう言って、ほんとに来る人は少ないわ」
「社交辞令は言わないんだ」
「コーヒーのおかわり、いります?」
店内の客が少ないせいか、数名いるウェイトレスが入れ替わりでサービスをしてくれる。
値段からは想像できない手厚い接客に感激の朝。
フエに来てから、曇り空が続き、少し涼しい。
ホイアンの蒸し暑さはどこへやら、である。
宿でふたたび自転車を借り出し、この街のメイン・イベントへ向かった。
王宮。
お堀に架かる橋のすぐ脇にある小屋でチケットを買う。
かんたんに購入したものの、正門前に自転車を置き去りにしていけるような雰囲気ではない。
警備のチェックが厳しく、観光客を降ろすクルマやツアー客を吐き出すバスを停めることも許されない。
いったい自転車はドコに停めればいいのだろう、
まさか自転車ごと中には入れないよな、と目線を漂わせていると、
小屋の横に立っていたオヤジサンに呼ばれた。
なにを言っているかわからないが、手招きをしている。
自転車を押しながらその方向に進むと、土が剥き出しの広場が駐輪場になっている。
どうやらここで預かってくれるらしく、さっきのオヤジサンは地味な客引きのようだ。
呼ばれたときから無料ではないだろうな、と察していたが、
案の定、預かり証と引き換えに数十円の支払い。
まあ「観光地の税金」みたいなものだ。
かつての阮朝の都、『順化都城』とも『富春京師』とも呼ばれた王城。
正面の門は『午門』と呼ばれ、客人を迎え入れる形のU字の型をしている。
1945年、この門の二階で最後の皇帝が退位を宣言し、王朝は幕を閉じたのだ。
その二階の間へも歩みを進めることができ、観光客には格好の撮影ポイントになっている。
門を抜けると両手を広げたように待っているのが『太和殿』だ。
玉座が再現され、ここが王宮の中心、いやフエの中心、かつての王朝の中心であったことを教えてくれる。
屋根の瓦や彩りの龍が中国を思わせるが、そんな風に記したら、たぶんヴェトナムの人々には嫌われるだろう。
太和殿を過ぎると、裏庭があり、そこでは民族衣装を着させてくれるコーナーがあった。
ヴェトナム人の家族だろうか、一族がこぞって着替え、記念撮影。
どこの国でも、どこの観光地でもやることは似ている。
さらに歩みを進めると、朽ち果てた荒地が広がっていた。
さすがにここまで来ると観光客もおらず、ひと気もない。
「あの戦争」がここにあったすべてを破壊し尽くしてしまったのだろうか。
再建するものすらない原っぱは、観光客を惹きつけるものなどなにもなく、ただ雑草だけが伸びていた。
「戦争の傷跡」らしいものはなにもなかったが、なにもないことがよけいに戦争の爪あとを感じさせる。
新しく造られた門や王宮よりもなにもない原っぱがなにかを語りかけてきた。
ただ蜻蛉が飛んでいた。
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