第十二夜 -発見- @Hue [Vietnam]
市場で買った果物とミネラル・ウォーターをぶら下げ、宿に戻った。
リビングと兼用のロビーでは、子供とおばあちゃんがTVでアニメを見ている。
キッチンにいた奥さんが果物と水の入った袋を見て、冷蔵庫を指差す。
「冷蔵庫に入れておこうか?」と身振り手振りで語っている。
言葉は通じていないが、何気ない親切、小さな心遣いがうれしい。
なんとなく居心地がよくて、なんとなく居場所がなくて、
夏休みに田舎に連れてこられた子供のような気分だった。
たっぷりの湿度とほこりをまとった身体を熱いシャワーに浸す。
排気ガスをたんまりと吸い込んだ鼻や肺を洗い、リフレッシュ。
午前中に到着し、早々に宿を決めたこともあって、気分が軽い。
汗で萎れたTシャツを替え、今度は歩きでホテル周辺の散策に出かけた。
狭い路地では、子供が道路に絵を書いていたり、洗濯物を干すおばさんがいたり、
安宿が並ぶエリアとはいえ、生活臭さが満ち溢れていた。
「古都」フエのメイン・イベントである王宮を巡っていないせいか、
この街では観光地らしいシーンに出合っておらず、なんとも奇妙な感じがしている。
「田舎の大きな街」といっては「古都」という冠に失礼だろうか。
駄菓子を売っている店や雑貨屋を冷やかしながら、大通り沿いを歩く。
彷徨い歩くうちに着替えたシャツは汗ばんでいた。
アイスコーヒーが飲みたくなり、シャレたレストランに眼をやると
店の前でビラを配っている女性に眼が止まった。
その女のコは「アオザイ」を着ていたのだ。
実はヴェトナムにやってきてアオザイをホトンド眼にしていない。
ニャチャンの海岸で「写真撮って!」とせがまれた学生と
トイレを借りに入った高級ホテルのフロント係ぐらいしか眼にしていない。
日本の着物と同じような使われ方の「民族衣装」なのだろう。
めずらしいなあ、オープン・テラスのシャレた店は制服もアオザイでキメているのだなあ、
と勝手に想像を走らせながら無造作にビラを受け取った。
するとそこには「50c!」「8,000 DON!」という文字が大きく書かれていた。
「!」
オージー夫妻の顔がふたたび浮かぶ。
『大発見の激安朝食メニュー』を力説していたダンナのカオだ。
「これって、朝食だけでしょう?」
「ハッピー・アワーもありますよ」
「何時まで?メニューは同じもの?」
「朝食と同じモノが出ます。あと15分あります、ダイジョウブです」
時計を見ると5時15分前。
返事をする間もなく、店に歩みを進めた。
メニューがセコくても、ダマされたとしてもシャレたコーヒー・ショップでアイスコーヒーを飲むより安い値段。
「ネスカフェ」にパンをかじるだけでも許せる金額。
主観たっぷりだったオージーのダンナの言葉にあまり期待を抱かず、席に着いた。
「メニューです」
アオザイをまとったウェイトレスが水とオシボリをテーブルに置く。
「50cのメニューをもらえますか?」
「わかりました。玉子の調理法とパンの種類を選んでください」
「オムレツで。パンはバゲットを」
「飲み物は?」
「カフェ・ダーで」
オシボリとお冷が置かれたことにも驚いたが、50cのメニューに玉子とパンのチョイスがあることにもっと驚かされた。
夕方の変な時間だからだろうか、客は少ない。
テーブル席でフルーツ・ジュースを飲んでいるカップル、カウンターでアイスコーヒーを飲む地元ビジネスマンがいるだけだ。
ビジネスマンの傍らには据え付けのPCが置かれている。
「サラダです」
ガラスの小鉢に入ったサラダとバゲットが置かれた。
「カウンターにあるPCはネット・アクセスしてますか?」
「ええ。無料でお使いください」
夕食後の退屈な時間にネット・カフェに行くつもりだったので、その言葉に甘えた。
メール・チェックをしているとプレートにのったオムレツとフルーツがトレイに乗ってやってきた。
「デザートまで?」
「そうです、あとアイスコーヒーですべてです」
「すごいセットですね、驚きますよ」
「ですね(笑)。朝とこの時間はお客さんがいないので、オーナーがやりはじめたんです。
夕食とバーの時間がメインなんですが、宣伝も兼ねてのアイデアみたいです」
「それはうれしい、貧乏旅行者にはとくに(笑)。明日の朝食は必ずきますよ」
「オーナーが聞いたら喜びますよ」
話しながら、オムレツにナイフを入れる。
玉子を焼いただけのオムレツだったが、できたての熱さがバゲットによく合った。
料理にも増して、礼儀正しく、きちんとしたサービスを提供してくれる店員にも感激した。
「別れ難い店だった」というオージー夫妻の言葉に納得しながら、
アイスコーヒーのグラスを傾けた。
ヴェトナム料理は日本人に合うと聞きますが、おいしそうです。
by quartier (2008-11-27 13:56)