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第七夜 -安宿- @Ho Chi Minh City [Vietnam]

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シェムリ・アップで買ったデイパックにカメラを放り込み、街を歩く。

使い古したデイパックはファスナーがちぎれてしまったので、こいつに入れ換えた。
古めのバッグを持ってきて、旅先で買い換えるのはよくやる手だ。
なにしろバッグ類は東南アジアだと格安で手に入る。
今使っているリュック型のキャスターバッグも普段使いの革のビジネスバッグも旅先の品。
旅先で貴金属や民芸品を買うわけでもなく、
ショッピングとなるともっぱらこんな日用品を買うぐらいなのだ。

ホーチミンの町なかは昨日の雨のおかげか、日本の夏より少し暑い程度だった。
プノン・ペンの灼熱を通過してきたせいか、この程度の暑気なら楽に感じる。

深夜バスの座席の形に固まってしまっていたカラダは、
たまたま出会った快適な部屋とベッドのおかげですっかりほぐれていた。
安宿にも関わらず出された朝食とコーヒーも体力の回復を後押ししてくれていた。

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昨夜、HMCに20時前に到着したバスを降りると、出迎えてくれたのは涼しい雨だった。

メコン河の渡河から降り出した雨が先回りしたのか、あるいはバスで運んでしまったのか、
傘を持たないバスから降りた乗客たちをタップリ濡らしている。
荷物を背負いながら、ノンキに安宿でも探すかと思っていたのだが、
まさか知らない街でバスから放り出され、手荒な歓迎にさらされるとは予想していなかった。

トランクから引き出された荷物を受け取ったもののアテはなし。
漠然とアテにしていた客引きたちも、この雨では姿を見せていない。
安宿のエリアがドコなのかさえも知らないのだ。
雨から逃げるように荷物を抱え走り出そうとした旅行者カップルに慌てて声をかけた。

「ホテルどうするの?」

「わたしたちは予約があるのよ、そこに行くわ」

「安宿を探しているんだ。いっしょに行ってもいいかな?」

「彼が知ってるんだけど予約したのは安いホテル。
 でもわたしたちも地図をみながら探すことになるけどいい?」
客引きもいない状態では、同じバスで同じようにバックパックを担いだ人間をアテにするしかない。
この時とばかりにチョットだけ必死のコミュニケーション・タイム。

「2ブロックぐらいだから、濡れないように走るよ」
とカレが叫ぶ。

「OK、キミたちを見失わないようについていくよ」
聞こえたか聞こえないうちにカップルは走り出した。

時折、軒先で雨を避けながら、ドコから来た?とか、これからドコへ?とか、互いに情報交換。
雨音に負けないよう、互いに声を張り上げながら、路地を駆け抜ける。

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5分もかからずに安ホテルのロビーに転がり込んだ。

「さほど濡れなかったね」

「地図を見ながらだけど、迷わなくてよかったよ」

「いや、こちらこそ助かったよ。右も左もわからないでバスから降りたからね」

「この程度でいいなら、お安い御用さ」

カップルは予約名を告げ、手際よくチェックインの手続きをすると部屋に上がっていった。

「あなたは? 予約は?」
受付の女性がていねいな英語で問い掛けてきた。

「予約はないんだ、バスで彼らといっしょでついてきたんだ。部屋見せてもらえる?」
安宿はシングルでもドミトリーでも部屋を見せてもらって決めるのが基本。
部屋の状態と設備が料金にマッチしているか、実際に見て確かめて決める、というわけだ。

「シングルならあるわよ。いま、見せるわ。カギ用意するから待っていてね」
そういうと後ろから「空室ある?」という声がかかった。
振り向くと、北欧系を思わせる色の白い女性が荷物を抱えて立っていた。

「いま、カレに見せるところ。あなたも部屋を見る?」
二人して荷物をフロント前に放り、彼女に付き従った。
螺旋状の狭い階段を5~6回巡っただろうか、
ギブアップしかけたところで、シングル・ルームのドアを開けてくれた。

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「シングルは$10。エアコン付きで朝食と夕食がセット。コーヒー、インターネットも無料。
 TV、冷蔵庫もついているわ」
到着前は$7~8でシングルを探すつもりでいたので、少し予算オーバー。
カメラなどの貴重品があったので、はじめから安いドミトリーには眼中になかった。

「うちよりも安い宿はあるわよ。でもエアコン、冷蔵庫があるかは知らないわ」
手入れの行き届いた部屋とサービスのよさに驚いている気持ちをチョッピリ見透かされたようだった。

「いい部屋だし、熱いシャワーも魅力的だけど、もう少し下のフロアの部屋はないの?」
冗談めかしていうと、北欧系の女のコもうなづいている。

「下のフロアはダブルなのよ。シングルは上のほうだけ」

「宿泊したら毎日、エクササイズだなあ」
螺旋階段に笑い声が響いた。

雨の中、荷物を背負って、他の宿を探す気にもならないこともあったが、
予想をはるかに上回って、快適に過ごせそうな空間に出会えたことに気分が浮き立っていた。

螺旋階段を下りながら、「ワン・シングル!」と声に出していた。


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斗夢

映画を見ているみたいです。
映像が頭に映し出される!
by 斗夢 (2008-09-24 06:41) 

quartier

今はタイにいる息子が10年前同じようにバックパック担いで
放浪していたので(息子の場合は)、
それと重ねながら、自分も旅している気分で読んでいます。
by quartier (2008-09-24 09:40) 

delfin

>斗夢さん
お褒めのコメント、ありがとうございます!!

>quatierさん
旅気分で呼んでいただけるとうれしいです!
現地の空気を届けられる筆力があるかなあ…
by delfin (2008-09-27 00:12) 

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