第六夜 -日式- @Phnom Penh [Cambodia]
目の前に立っていたのはパリッとしたシャツを着た妙齢の男性だった。
お茶を運んできてくれた男性の日焼けした肌が異国人を思わせたが、
立ち居振舞いは日本人のものだった。
「日本の方ですよね?」
こちらのオドロキを察するかのように、向こうから問い掛けてきた。
「そうです、一人旅でこれからヴェトナム入りです」
「ここのところのプノン・ペンは熱いので、冷えたお茶がおいしいですよ」
「ありがとうございます。日本の方がいるとは思いませんでした」
「ここにいるとなんでもやってしまわないと事が進まないんですよ。
オフィスにどっかり座っていても仕事が進まないので、
手が空いていたらお茶も運びます。
シェム・リアップからのバスで乗り継ぎですよね?
バスは時間どおりに運航してますよ」
「それに驚いたんです。
出発時も正確に発車したし、到着も案内どおりの時間。
とてもアジアのバスとは思えなかった」
「うちの会社では時間を徹底させているんです。
あ、わたしはこのバス会社でマネージメントしてます。
他社はローカル・タイムで動いてますが、うちのドライバーには『時間だけは厳守しろ』と。
出発時間はモチロン、到着時間を設定して運転すれば、
平均速度が上がることもありませんから、事故も防げます。
遅れを取り戻そうとして、スピードを出して事故を起こすことが少なくないんですよ」
「となると、車内の清潔さやオシボリを配ったり、
ガイドさんが親切に案内したり、というのも、会社の方針で?」
「正解です。
はじめは他の会社より一割ほど料金が高いので、地元の人は敬遠しましたが、
定刻どおりに走り、定刻にきちんと到着するので、
今ではうちの会社から予約が埋まっていくようです。
時間どおり、というのはやはり地元の人にとっても助かるようですね。
オシボリなどは従業員が『サービス』を理解しながら、
気持ちよく働けるようにプラス・アルファのオマケみたいなものですね」
「実はわたしもシンガポールの旅行会社にいたとき、『ローカル・スタイル』に悩まされたので、
おっしゃることがよくわかります。
言ってやってもらえるものじゃないし、普段からの習慣は変わらないし。
クレバーなスタッフは先読みしてやってくれますけどね、
言った言葉以上を期待するのは、日本のスタイルなんですよね」
「会社の運営が変わったとき、その『日本式』を徹底して導入したんですよ。
『仕事』に対するスタイルというか、こうすれば利益につながる、っていうのを理解してもらうのが大変で。
お茶のオカワリいかがです?」
そういうと空いたグラスを運んでいった。
軽い身のこなしで歩く背中を眺めながら、シンガポールのオフィスを思い出していた。
シンガポールで働いていた会社は、
香港人がオーナーのシンガポールの会社で日本人観光客を相手にしている旅行会社。
ツアーなどの客を受け入れる「現地旅行会社」というやつで、
日本の旅行会社のオーダーを受けては予約を入れ、アレンジを聞いては手配をしていた。
オフィスで働いているスタッフはモチロン、ガイド、ドライバーは全部シンガポリアン。
これがなかなかヤッカイで、
赤道直下のお国柄か、
シンガポールがそうなのか、
基本、ノンキ。
1をいうと1のことしかしてくれない。
モチロンそれは「罪」ではない。
例をあげると、うちのツアーを使うお客の希望でレストランとショーを手配してくれ、
というリクエストが日本から来る。
そのままオーダーを渡すとレストランとショーの予約しか入れない。
で、そのスタッフは「仕事しました!」みたいな顔でオーダーを戻してくる。
「レストランからショーの移動の手配は?」と尋ねると
「書いてないからやってない」というご回答。
「ご名答!」と手を打ちたいところだが、客は自分で移動するのかな~?
会社は旅行会社である。
しかも自分の会社のツアーで来ている客なのである。
少しだけ想像力を働かせれば、「トランスファー(移動)が必要」であることはすぐにわかり、
そこにも利益が生じることもすぐにわかる。
そのことが「罪」なのだ。
「レストラン予約して、ショーも行くとなると、移動もいるでしょうがああ、ぐぉらぁ~~」と
奥歯噛みしめて叫びたくなる。
空港で「A地点に迎えにいって」といってAに客がいないと、BやC地点を探すことはしない。
間違ってはいないのだ。
しかしこういう考え方の公式はきわめて「日本式」であることを働いていくうちに悟った。
「察する」なんてことは極めて日本スタイルなのだ。
もちろん「察して」手配を進めるシンガポリアンのガイドや
「想像して」足りない部分を埋め合わすローカル・スタッフもいる。
そういうクレバーな人はドンドン伸びて=出世していくのである。
「バス、来ましたよ。まあ、お茶飲む時間ぐらいはありますが」
そういうとオカワリを置いてくれた。
「さっきの時間の話ですけど、うちのオフィスの前が狭いことも理由なんですよ。
通りが狭いので、大型バスが止められないでしょう。
だから途中で時間調整して、分刻みで到着するように、って指示しているんです。
でないと自社バスが詰まって身動き取れなくなりますしね」
「なるほど。それで『日式』なんですね」
「バスが到着すると客引きもすごいでしょ、
一度にバスが来るともう奪い合いの戦争ですよ。
だからうちのバスの客引きは『柵から中に入るな』って規制してるんです。
守らないヤツは客引き禁止、ってね」
「旅行客には助かりますね。
見ず知らずの土地でいきなり客引きの渦にもまれるのはかなりこたえます」
「また来ることがあったら、気軽に声をかけてください。
ご飯でも食べに行きましょう」
「短い時間でしたが、話しを聞けてよかったです。
なんかインタビューみたいになっちゃてすみません」
差し出された名刺を受け取り、バッグをバスのトランクに放り込んだ。
「いやいや、気にしないでください。わたしも他の国の情報が聞けてよかった」
「乗らないと置いていかれちゃいますね。定刻出発ですものね」
ドアの前ではガイドとドライバーが最後の客であるわたしを笑顔で待っていた。
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気配りができる人がマネジメントの階段を上っていく。
気配りとは、相手を認めることだと思っています。
by 斗夢 (2008-09-22 18:07)